もくじ
「福の神様論」が、便利すぎる件
この記事を見ているあなたは、きっと
「子供が勉強しない」
「子供が片付けない」
とお悩みでしょう。
ほとんどの親にとっては、ここは永遠のテーマなのかもしれません。
うちも、酷い有り様でした。
「ギャーギャー言えばいう程、子供はやる気を失う」
頭ではわかっていても、なかなかその負の連鎖から抜け出せずに、毎日疲れ果てていました。
ただ、うちではここで紹介する方法をやりだしてから、この2つでは全く悩まなくなりました。
そして「本当に私の子供なのかっ?」と親の私が疑う程、勉強と片付けが大好きになってしまったのです。
そして、「強制してきた日々は、一体何だったんだ?」
というくらい、子育ての気構えがラクになってしまいました。
まあ他にも色々な悩みは、もちろんありますけどね。
子育てって本当に大変です。
この記事が、皆さんのお役にたったら嬉しい限りです。
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↑福の神様、どうかこれを見ていても怒らないでください。
福の神様をバカにしてる訳じゃ、ないんです。
ただこう書くと、純粋に「読んでくれる人が多くなるかな」という考えで書いてるだけなんです。(←すでに純粋じゃねーし。)
福の神様、どうか怒らずに、皆様でうちにお越しください!(←図々し過ぎ)
↑福の神様への懺悔は、ここまでにしときます。
貧乏神の恐怖
「鬼アプリ」の落とし穴とは?
少し前に「鬼が来る」というアプリが流行りました。
子供に「鬼がくるよ」と言って、鬼にビビらせる事でいう事を聞かせる、という類いのアプリです。
「これで助かった」という方、なかなかの数に昇ると思います。
「鬼」に対する恐怖心は「殺されるかも・連れていかれるかも」という、身体的な恐怖です。
なので最初はかなり子供が恐がるのですが、実際に鬼が出てきて身体的苦痛を与える訳ではありません。(←もはや犯罪の領域。)
鬼が本当に出て来るアプリは、ないハズです。(←当り前)
子供もバカじゃありません。
「いつまで経っても出て来ないし、本当は居ないじゃないか~」という、安心感が出てきてバレます。
ココの落とし穴は、「アプリの中の鬼・画面で見せる鬼」という点です。
目に見える存在は、バレやすいのです。
これがバレてしまうと、子供の親への信頼はグッと減ってしまいます。
子供を長い間怖がらせるには、(←おい。)もっとぶ厚いストーリーを用意する必要があるのです。
身体的な恐怖を感じさせる「鬼」に対して、「貧乏神」は精神的な恐怖を感じさせる存在です。
「見た事ないけど、貧乏神ってなんかヤバそう」
と、長期的にビビッてくれる事が多いです。
小さい子供でも「貧乏」に対する恐怖だけは、結構わかるんですよね。
なので話ができる様になると、貧乏神の方が効きます。
「目に見えない、得体のわからない、だけど来たらヤバそうな存在」として、貧乏神の話をしてみてください。
≪貧乏神が来るのはこんな時≫
●意地悪をした時
●ナマケ者になった時(勉強しない等、自分に返ってくるもの)
●遅くまで起きていた時
●物をわざと粗末に扱った時
●汚れている、散らかっている状態が長く続く時
●お風呂に入らない時
●歯磨きしない時
●ありがとう等の挨拶をしない時
貧乏神が来た!!その時・・・・↓
ここで、お母さんの演技力がモノを言います。
貧乏神「ヒッヒッヒッ・・。俺の大好きな子供はど~こ~だ~?」
貧乏神「ここに居たな~、ヘッヘッヘッ~片づけをしない子供、俺は大好きだ~お~い貧乏神のみんな、ここに貧乏神向けの子供がいるぞ~」
子供→片づけ始める
貧乏神「おいっ何してるんだ!?片づけ始めたぞ、やめろ~お前に付こうと仲間を呼んできたのによ~」
子供「もう片づけたもんね~、いなくなれー!」
貧乏神「なんだ~?俺の好きな子供じゃないのか~?うわっ!!福の神がきたぞ~!仕方ない、他に行くか・・・。」
福の神様「お?この子はよく片づけをしているな!?じゃあこの子にくっつく事にするか~!」
お母さん「自分で福の神様呼べたね~!良かったね~!」
リアルな「福の神様と貧乏神」ストーリー
と、こんな具合に、
ポイントは、ストーリーにキチンと「落ち」を付ける事です。
①お父さん(お母さん:おばあちゃん等以下略)が病気になる
↓
②お父さんが、仕事を辞めなきゃいけなくなる
↓すると、
③おやつが無くなる。御飯のおかずが無くなる。遊んでもらえなくなる。お出かけできなくなる。テレビや電気もつかなくなる。もちろん玩具は買ってあげられない。・・・etc。
↓さらに追い打ち
④お母さんが(更に)仕事を増やさねばいけなくなる。下手したら、夜中まで仕事しないといけない。
↓
⑤子供:「お母さんに、朝しか会えなくなる!?」
↓落としどころ
⑥「お母さんは〇〇といられる時間がなくなったら、寂しい。そんなの、お母さんは嫌だよ~!」
と、子供に向かってダダをこねましょう。
↓おまけとして、
⑦寝る時間が遅くなり、体が大きくならない。力が強くならない。心を病み、顔つきが変わってくる。・・・・etc。
「こんなに素敵な君が、そんな風になったらもったいないよ・・。」
「貧乏神が来ると、色んなイヤな事が起き始めるんだよ・・・恐いね。福の神様を呼べたら、楽しい事がたくさん起こるよ。それでも片づけたくなければ、仕方がないね・・・。お母さんは仕事を増やして○○といられなくなるのは嫌だけどさ。貧乏神が来ちゃったら、そういう事になるかもね。」
「汚いまま寝ると、うちに貧乏神をたくさん呼ぶ事になるけど、○○はそれでも大丈夫?」
「お母さんが代わりに片付けてあげたいけど、そうすると、○○が自分で何も出来ない人になるんだ。そういう人が、貧乏は大好きなんだよね~」
「お母さんは○○に、福の神様を呼べる人になって欲しいんだ。そうしたらきっと○○は、楽しい人生が送れるからねえ。」
という様に、締めくくります。
あくまでも、片付けについての責任を、子供に自覚させるのが目的です。
リアルで精神的な恐怖は、子供に説得力を発揮し続けます。
そして「ちゃんとやれば楽しい生活が送れるんだ!」という未来に向けての希望も同時に生まれますから、子供が前向きになってくるんですね。
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子供のメリットが必要
福の神様と貧乏神論は「やらない事で自分が未来に損をするかも」と子供に考えさせるためですから、親の信念が必要です。
ですからこの貧乏神手法を使うのは、あくまでも「最終的には子供が損する」というものに限ってください。
親の自分勝手な都合だけでは、「このストーリーの信頼性が落ち」「子供に全く信用されなくなり」、この先の話合いが成り立たなくなるからです。
もし「こんなの精神的虐待だ!」と思われる様なら、やめておいてください。
これはある日のうちのストーリーなので、各家庭のストーリーに沿った躾をされるのが一番ですから。
ただ、この様に「うちに貧乏神が来たら、こんな変化があるかもね」というストーリーを投げかけて、子供に「自分の行動が、どんなメリット・デメリットを生むか」考えさせる事、結構大事だと思います。
「未来を予測し、自分の為に、子供が自分で選択し、行動する。」
これは個人的な理想なのですが、この考えに同調して頂ける親御さんにはおすすめの方法です。
もちろん、人生全て「メリット・デメリット」で割り切れませんし、「子供にメリットなんて考えさせるのは、何だか寂しい」とおっしゃる方もいると思います。
ただ子供だって、自分にどんなメリットがあるか知っておく事で、納得して動けるんです。
また、それが「自分を大事にする」という事にも、繋がってきます。
それが本来の、生物の常ではないですかね?
ライオンだってお腹いっぱいの時は、どんなに近くに獲物がいても狩りをしません。
今獲物を捕まえても、食べられない=メリットがない
からです。
「ただ言われたからやる」では、長続きしません。
もし「言われたらできる子供」だった場合、長続きするかもしれませんが、最終的には「誰の為に生きてるか分からない状態」になってしまいます。
あくまでも片づけや歯磨きをするのは「子供自身の為」です。
ここを念頭に据えて、話してみてくださいね。
≪福の神様が来るのはこんな時≫
福の神様も貧乏神も、寂しがり屋です。最初は、一人とか数人で様子を見に来ます。
それで行動が自分好みだと、元来寂しがり屋な為、ドンドン仲間を呼ぶんです。
福の神様が去るとソッコーで貧乏神に目を付けられ、貧乏神が居なくなると、今度は福の神様が寄ってきます。
福の神様がたくさん来てくれるのは、例えばこんな時↓
●挨拶がキチンとできた時
●早寝早起きができた時
●人に親切にできた時
●ニコニコ顔の時
●綺麗に片づけができた時
●好き嫌いなく食べられた時
●お風呂に入って、ピカピカ顔で寝た時
●歯磨きで、ピカピカの歯で寝る時
●一生懸命、働いた(?)時
●楽しくて、いっぱい笑った時
子供が頑張ったら、「偉いね」よりも「頑張ったね。今、福の神様がたくさん寄って来てるよ」と言いましょう。
褒める時のポイントは、
「自分で福の神様を呼べた事」
「貧乏神の誘惑に負けずに、頑張った事」
「お母さんだけでなく、福の神様も子供の頑張りを見ていた事」
を、伝えるという事です。
福の神様「この子は綺麗に歯が磨けたな~?よし、今日はこの子と一緒に寝るとしよう!みんな~おいで~歯が綺麗な子が居たぞ~!!」
という演技ができたら、子供も盛り上がるのでおすすめです。
そして「福の神様を自分で呼べた!(目には見えないけど)一緒に寝てくれるんだ!」
という、幸福感に包まれて寝る事ができます。
福の神様論は何才まで通用するのか?
小学校高学年くらいでは生意気になってきて、親から見ると、「福の神様論はもはや、うちの子には通用しないのでは?」と思われるかもしれません。
ただメリット等のちゃんとした理由づけができれば、子供は何歳になっても理解できるはずです。
また、大人になった様に見えても、案外子供の方は、その様な事がまだ嬉しかったりするものです。
まあここは個人差がありますから、「現時点での我が子に、どのくらいの話が通用するか」を親御さんが観察してください。
精神年齢に応じた話をしないと、理由が正当なものでも、全く心に響きません。
(この辺の判断は、自己責任でお願いします。)
ある程度理屈っぽい年齢なら、「科学的根拠的なもの」が必要になってきます。
小学6年生に向かって、急に「福の神様が~」とか話しても、鼻で笑われるのがオチでしょう。
年齢が進むにつれて、「こうすると、こうなる可能性が高まる」というメリットと根拠がないと、なかなか子供も動かなくなってきます。
福の神様論はなぜ効くのか?
「福の神様論」は、「早めの段階である程度、良い習慣をつけておこうよ」という風水的な子育て方法論なんです。
パッと見は風水的な話ですが、心理的なアプローチが入っています。
自分がやる気になると、子供の成長は目覚ましいものがありますよね。
「こんな未来にしたいな」「こんな未来は嫌だな」と、子供が未来を予測して自分の行動を決められる様になると、親が必要以上にギャーギャー言わなくても、自らやる様になってくるんですね。
自分の子供は、この手法を取り入れてから、片付け、勉強、歯磨き等を自らやる様になりました。
特に勉強と片付けは、メチャクチャ効果がありました。
勉強については、今では私が辞書を取り上げなければいけない程の勉強好きです。
勉強すると自分で決め、自分の為の行動と理解したから、好きになったのです。
「片付け」「歯磨き」「勉強」「働く」事など、「基本的な日常の習慣」を、「子供自身の為に、キチンと身に付けさせたい」というのは、どんな親にも共通する願いだと思います。
このストーリーの中には、「貧乏神→自分へのデメリット」を、「福の神様→自分へのメリット」に転換するという、心理的な技法も入っています。
親が教えなくても、子供は自分で自分なりに生き方を模索し続けています。
親は、「福の神様を呼び込む方法」だけ教えてあげれば良いのです。
子供が自分で福の神様を呼び込めたら、一緒に喜んで応援してあげれば、それでOKです。
「福の神様を呼ぶ」=「自分の楽しい未来を呼ぶ」を子供が納得すると、メキメキ変わっていきますよ。
今からでも遅くはありません。是非、お子さまに合ったストーリーを考えてみてくださいね。
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